解説
日本の文化において、数字は単なる計算のための記号ではなく、神秘的な意味を持つ存在とされています。「忌み数」と呼ばれる特定の数字は、その不吉さから特別な注意が払われます。特に「4」と「9」は、言葉の響きが死(シ)や苦(ク)に通じることから忌避されることが多いです。
そのため、これらの数字にまつわる伝承や妖怪も多く、例えば「怨霊」や「亡者」といった存在は、数に対して敏感に反応すると言われてきました。人々は忌み数を避けることで、不幸を遠ざけられると信じています。日常の中で感じられるこの「忌み」の感覚は、暗い影のように人々の心に潜んでいるのです。
怪談
静かな夜、月明かりに照らされた古びた旅館。木製の廊下は、古い板がきしむ音を立てていた。宿泊客は私一人。肌寒い風が、不気味な静けさを運んでいる。
夜が深まるにつれ、何かが蠢く気配がする。ふと壁に目をやると、そこには「四」と「九」の数字が書かれた忌み札が揺れていた。何故ここに? 誰が張ったのだろうか。気味が悪くなり、体が硬直する。
不安を抱えたまま、部屋に戻ろうと廊下を歩く。しかし、ひんやりとした空気の中、背後で誰かが自分を見ている気配を感じた。振り向くが、誰もいない。無表情で見つめる 影だけが、月明かりに映る。
夜風が更に強くなり、忌み札が激しく揺れ始めた。心臓が高鳴り、思わず足を速める。と思うと、目の前の障子がひとりでに開いてしまった。そこには、不気味な笑みを浮かべた女が立っていた。白い着物に、長く艶のある髪。
何も言わず、ただじっとこちらを見つめている。彼女の視線が私の心の奥に深く入り込んでくる。背筋が凍りつくような感覚が襲う。その瞬間、目の前から彼女は消えた。
慌てて部屋に戻ると、部屋の引き戸はしっかりと閉まっていた。しかし、床に目を落とすと、四と九の数字が描かれた札が、静かに転がっている。それを手に取ると、なぜか指先から冷気が広がっていく。
その夜、眠れぬまま朝を迎えた。しかし、周囲は何も変わらず静かだった。旅館の主に、昨晩のことを話すと、彼はただ一言。「ああ、忌み数には近づかないほうがいい」と。妙に冷静だった彼の様子が、またぞろ不安をかきたてる。
私がチェックアウトする際、改めて廊下を見ると、あの女の姿はどこにもなかった。ただ、忌み札だけが、旅館の壁に静かに揺れていた。風もなく、ただ彼女の存在だけが、そこに残されているような気がしてならなかった。