夜の都市で見つけた小さな奇跡 — 静かな出会いの短編


夜の都市で見つけた小さな奇跡 — 静かな出会いの短編

雨上がりのネオンが濡れたアスファルトを染める夜、僕はふと立ち止まり、小さな奇跡と呼べる出会いに気づいた。都会の雑踏に埋もれがちな瞬間を切り取る、静かな短編。


駅前の広場はまだ人影でざわついていたが、雨のせいかどこか音が丸くなっている。ネオンの光が水たまりに揺れ、通り過ぎる車のライトが一瞬だけ街の表情を変えた。僕は傘を片手に、ただその色の振れを眺めていた。

角を曲がったところで、ふと視線を奪われた。小さな猫が段ボールの隅で丸くなっている。白い胸元がほのかに光り、風に吹かれて耳がわずかに動いた。誰も寄り添わないその存在が、なぜか僕の胸に温かさを落とした。

猫のそばには老人が座っていた。ボロボロの傘を膝に置き、新聞紙で作った小さな折り鶴がいくつか並んでいる。彼は折り鶴を一つ手に取り、ゆっくりと猫に差し出した。猫は興味なさそうに鼻先で突いただけで、折り鶴は老人の膝に戻る。

僕はつい声を掛けた。「寒くないですか?」老人はにっこりと笑い、驚くほど澄んだ声で答えた。「ここで折ると、夜の流れが止まる気がするんだよ」。その言葉に、僕は何かの拍子で肩の力が抜けた。

折り鶴は願いでも祈りでもなく、ただ手から手へと渡る合図のように見えた。老人は折るたびに小さな笑みを浮かべ、誰かと共有するための時間を紡いでいるようだった。僕は自分のポケットから小さな飴を取り出し、猫に差し出した。猫はそれを匂って、そっと舌を出した。

短い会話の後、僕はまた歩き出した。振り返ると老人は静かに折り鶴を折り続け、猫は丸くなったままだった。街の音は再び少しだけ鋭くなり、ネオンの色も元の速さで踊り始める。しかしどこかに、先ほどの静けさが小さな余韻として残っていた。

都会の夜はしばしば冷たく孤独に感じられる。でも、それは出会いを拒むわけではない。むしろ目を落とす瞬間、足を止める瞬間に、思いがけない温度が差し込む。折り鶴のようなささやかな所作が、心の隙間をそっと埋めることがあるのだ。

帰り道、僕は街路樹の葉に残った雨粒を指ではじき、小さな奇跡を数えるように歩いた。大きな出来事でなくてもいい。見過ごしてしまいそうな優しさに気づくこと、それ自体が夜を味わう方法だと気づいた夜だった。


最終更新: 2025-11-29

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