忌み数の札が揺れる夜

解説

日本の文化には、忌み数として知られる「4」と「9」が存在し、これらの数字は不吉なものとされています。特に「4」は「死」を連想させ、「9」は「苦」と結びつくことから、何気ない日常の中でも忌避されがちです。このような数に対する恐れは、古くからの言い伝えや伝承、または妖怪の存在とも深く結びついています。

例えば、夜道に人影を見たとき、その影が「4」の数をつくれば、それは死者や妖怪の仕業かもしれないという考えがあります。また、旅館や古い家屋などの宿泊施設では、特にこの忌み数に配慮し、部屋番号や食事の献立にまで気を配ることがあります。このような数字に対する認識は、心の奥深くに潜む恐れを育み、いつしかそれは、目に見えない存在と繋がる一つの道筋となるのです。

怪談

薄暗い廊下を、足音だけが響く。行く先には、古びた旅館の一室がある。静まり返ったその場所には、数年前に亡くなったと言われる女の霊が宿っていると噂される。以前、宿泊客が彼女の顔を見たと語っており、彼女の目はまるで濁った水のようだったという。

その夜、ひとりの若者がこの旅館を訪れた。賑わっていた日も終わり、月明かりだけが下駄音に伴う。彼は気づかなかったが、部屋の扉の隙間から、いくつもの札がぶら下がっているのを。札には「忌み数」が書かれており、彼が宿泊する部屋番号の4が目に入った。

若者は気にも留めず、部屋に入り込む。古い畳の香りが心地良く、疲れた体を横たえる。だが、眠りにつこうとしたその瞬間、外から微かに揺れる札の音が聞こえた。耳を澄ませるが、風のせいでもない。まるで誰かが、何かを囁いているような、低い声が響く。

「4……死…。」

若者はその言葉の意味を考え、ぞっとした。その時、彼の背後に冷たい風が吹き抜け、薄暗い廊下の影が揺れる。恐怖に駆られた彼は、一瞬でベッドから飛び起きた。窓を開けて逃げ出そうとしたが、外には何も見えないただの暗闇が広がっている。

彼は心臓が高鳴るのを感じながら、再び扉へ向かう。だが、鍵は固く閉ざされていて、開けることができない。焦燥感が募る。振り返ると、鏡の中にゆらりと浮かび上がる影が見えた。女の姿だ。彼女の表情は明らかに怒りを孕んでいた。

その瞬間、彼は理解した。「忌み数」の札は、彼を見ている。ただの数字ではなく、何かの前触れだったのだ。若者はその場に立ち尽くしたまま、影と向き合った。だが、彼の目の前で彼女は無言のまま微笑み、彼の背後に立つ。彼は構えたものの、恐れから目を逸らすことすらできない。

気がつけば、周りの空気が変わっていた。何もかもが静まり返り、再び外の風の音だけが響く。彼は一体何を見たのだろうか。最後に、振り返ってみると、部屋にはただの鏡が映るばかり。女の影は消えていた。

ただ、廊下の壁に揺れる札だけが、彼の心に刻み込まれている。「忌み数の札が揺れる夜」と。彼はその後、二度と旅館には戻らなかった。彼の記憶の中では、女の微笑みが永遠に続いている。

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