古い喫茶店と忘れられた手紙


古い喫茶店と忘れられた手紙

街角の古い喫茶店で、埃をかぶった一通の手紙が静かに時を待っていた。コーヒーの香りと紙の匂いが混ざり合う空間で、過去と現在がそっと交差する物語。


午後の光が窓ガラスを斜めに切り、木製のテーブルに温かい筋を描いている。店内には古いジャズが低く流れ、カウンターの隅に置かれた栞や店主の小物が、訪れる人の時間をゆっくりと受け止めていた。

注文したブレンドが運ばれてくると、湯気とともにほのかな苦みが鼻に届く。指先でカップの縁をなぞりながら、ふとテーブルのわずかな段差に挟まった紙片に目が留まった。それは丁寧に折りたたまれた手紙で、封もなく、角は少し黄ばんでいる。

中を開くと、柔らかい筆跡がゆっくりと想いを綴っていた。誰かへの感謝、言えなかった言葉、季節ごとの記憶。文字は時間を経てもなお温度を保ち、読む者の胸の奥で小さな灯火をともす。手紙は差出人の気配だけを残し、受け手の名前はそっと消えかけている。

窓の外では人々が行き交い、日常のリズムが続いている。だがこの瞬間、喫茶店の片隅で過去と現在が静かに溶け合う。手紙に書かれた一節が、心の引き出しを開け、忘れていた匂いや声を呼び戻す。誰かの記憶がここに留まり、次にこの場所を訪れる人へと受け継がれていくようだった。

店主が何気なく差し出したミルクピッチャーに映る店内の光景は、時間の層を映す小さな鏡のようだ。手紙を元に戻すべきか、誰かに渡すべきか――決断は軽やかではないが、静かな優しさが選びを導く。手紙はただの紙ではなく、誰かのやさしい約束や悲しみ、そして小さな希望を包んだ器だった。

カップを空にし、手紙をそっと持ち上げる。そうしてふと思う。忘れられたものに目を向けることは、世界の隙間に光を差し込む行為なのだと。古い喫茶店は今日も変わらず、訪れる人たちの物語を受け止めている。手紙は再び静かに折られ、次の誰かへと巡りゆく準備をするのだった。


最終更新: 2025-11-22

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