解説
日本の文化には数多くの忌み数が存在し、中でも「4」と「9」は特に不吉視されています。「4」は「死」に通じ、「9」は「苦」に通じるため、忌避されることが多いです。このため、病院やホテル、旅館などでは、これらの数字が使われないことが一般的です。
また、日本の伝承や妖怪にも数にまつわる因縁が見られます。たとえば、特定の数字に影響を受けた妖怪や、数字を介して起こる不幸な出来事が語られています。これらの存在は、数字の不吉さが持つ力を表す重要な要素でもあります。日本人の潜在意識の中に根付く「数」の怖さ。それが、和風怪談の背後にある陰影を作り出しています。
怪談
静かな夜、古い旅館の廊下を歩くと、畳の香りが漂う。壁には擦り傷が目立ち、年月の流れを感じさせる。この旅館には数ある部屋の中でも、特に「四号室」が忌み嫌われていた。
「四号室」は、客が一度も泊まったことのない部屋。噂によれば、かつてその部屋に泊まった老夫婦が、翌朝姿を消したという。経営者は、その話をひた隠しにしていたが、無言の畳の下には、誰も知らない秘密が潜んでいた。
ある日、一人の旅行者がこの旅館に宿を取る。彼は普段、そんな噂を気にするタイプではなかった。しかし、廊下を歩くうちに、畳の下から何かの声が聞こえた気がした。「名前」という単語が混じっていた。
その夜、彼は夢を見た。夢の中には老夫婦が現れ、彼に向かって何度も同じ名前を呼びかけていた。名前ははっきりとわからないが、何か引っかかる。目を覚ました彼は、心がざわざわしていた。時計を見ると、時刻はまさに四の刻。
翌朝、彼は旅館の主人にその夢を話した。主人は青ざめた顔で彼を見つめ、「あの部屋には、あの名前の持ち主がいるせいで、どうしても宿泊しない方がいい」と告げた。名前は過去の誰かのものであり、のこり香のように残っているのだという。
不安を抱え、彼はすぐにその旅館を後にしようとした。廊下の端に差し掛かると、懐中電灯の明かりが一瞬ちらついた。彼は立ち止まる。
その時、畳の下から再びあの声が。今度ははっきりとした言葉が聞こえた。「私の名前を返して…。私の名前を返して…。」
彼は恐怖で一瞬立ち尽くす。声は確かに聞こえた。しかし声の持ち主はどこにいるのか、誰なのか。彼は慌てて旅館の外へ飛び出る。
外の空気はひんやりとしていた。不安が消えぬまま、旅館から逃げる。振り返ると、旅館の窓から、見えない何かがこちらを見ている気配がした。再び声が聞こえたと思った。今度は、もっと近くから。
「私の名前…返して…」
彼はその後、一度もその旅館の近くに寄ることはなかった。だが、数日後、彼の元に届いた手紙には「あなたが聞いた名前」と、ただ一言書かれていた。その名前は、彼が決して忘れないものであった。
名前を知っているがゆえに、彼は再び恐怖に囚われる。彼の周りには、その名前が常に影を落としている。何も聞かなければよかったのだと、ただそれだけを思うのだった。