廊下の尽きぬ灯

解説

日本において、数字は単なる計算の道具ではなく、深い意味や象徴を持つ存在です。特に「忌み数」とされる4と9は、不吉な響きを持ち、古くから様々な伝承や怪談に結びついています。4は「死」を連想させ、9は「苦」を伴うと言われ、これらの数字が存在する場所や場面には、しばしば不気味な出来事が起こるとされます。

妖怪や霊の正体は、こうした数字に宿る陰の力から生まれると考えられています。特に、家の中の廊下や暗い部屋、そして旅館のような人が行き交う場所では、その存在を感じることができるのです。人々が抱える恐怖や不安が、実際に形を持つことこそが、日本の伝承の怖さの根源です。それは、数字が持つ力に加え、目に見えないものとの接触による恐怖の現れでもあります。

怪談

古びた旅館は、四方を山に囲まれた静かな場所に建っていた。薄暗い廊下が、長い年月の影を落としている。訪れる人々は、宿の外観に魅了されつつも、どこか不安を感じているようだった。その理由は、この旅館に秘められた「忌まわしい数字」にあった。

客として泊まった青年は、長い廊下を一人で歩いていた。天井から吊るされた灯りは、淡い光を放ち、まるで彼の進む道を照らすように見えた。しかし、灯りの元は数を数えるかのように、廊下の端まで続いている。青年は、どうしてもその灯りに引き寄せられるように足を進めた。

「四つ…五つ…」と数えながら、彼は歩を進める。そのたびに、薄気味悪い冷気が体を包む。灯りの間隔は、何かが意図的に間を取り、青年の心をざわつかせた。

廊下の途中で、彼は一瞬の静寂を感じた。その後ろが、ひどく怖れられている「九の部屋」に達する。入り口には、風が通り抜けるたびに微かに音を立てる古ぼけた扉があった。青年はその扉の前で立ち止まり、何かがそちらから呼んでいるような錯覚を覚えた。

「怖いもの見たさ」と呟き、彼は耳を当ててみる。微かな声が、彼に何かを語りかけている。心臓が高鳴り、彼はその瞬間、廊下の灯りの数が不気味に数えられていることに気づいた。

「五、六、七…」その数が増していくにつれ、彼の足はじっとりとした不安に縛られる。振り返るが、後ろには何もない。ただ薄暗い廊下が続くだけだ。彼は思わず、再び目を閉じて振り返る。廊下の灯りは全て点いている。

「でも、ここには一体何が…」

青年は瞳を開け、再び数を数え始めた。八、九。その瞬間、彼の背後に冷たい風が吹き抜けた。そして、低い声が耳元をかすめるように響いた。

「四…九…」

不意に廊下の灯りが全て消え、青年は真っ暗な闇の中に取り残された。恐怖に身をすくめた彼は、そのまま動けなくなった。静寂が広がり、耳鳴りが響く。孤独感が心を締め付け、心臓の鼓動が耳に挑戦状を叩きつける。

再び灯りが点ると、そこには誰もいない。青年は深呼吸し、廊下を進む決心をした。しかし、数を数えると、さっき目の前にあった扉はもはや姿を消していた。彼はただ、先を行く先に続く灯りを信じ、無言の廊下を進むしかなかった。

やがて、灯りは行き止まりの角に差し掛かり、彼はそこで立ち尽くす。目の前には、先ほどの部屋の扉が再び現れた。その扉の前に立つ彼の背後に、かすかに誰かの気配が感じられる。

思わず振り返るも、誰もいない。その隙間から、幽かな声がささやいた。

「おかえりなさい…」

その言葉が響いた瞬間、再び灯りは消え、青年はその場に取り残された。その後、彼の姿は旅館から消えてしまう。人々はその場所を通り過ぎ、ただ廊下の尽きぬ灯だけが、静かに彼の帰りを待ち続けているのだろう。

それは、数字の恐ろしさとともに、知らぬ間に宿命に飲み込まれていく人々の物語なのかもしれない。

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