解説
日本の文化において、数字には独特の意味や感情が込められています。特に忌み数として知られる「4」と「9」は、不吉な象徴とされ、多くの人々に忌避されています。4は「死」と同音であるため、命の終わりを連想させる不気味な存在です。一方、9は「苦」との連想から、苦しみや絶望を想起させるため、同様に嫌われています。
このような忌み数は、古くからの妖怪や伝承とも繋がりを持っています。例えば、死者を連れてくると言われる「おばあさん」や、身近な人の死を暗示する「口裂け女」など、数字と結びつくことでその恐怖感が増長されるのです。旅館や古家といった和風な舞台では、数々の怖い話が生まれ、その背景にはこうした忌み数の影響が潜んでいます。
人々の心に根付いた不吉な数字。それは、私たちの日常に潜む恐怖をかきたて、想像の力を刺激します。数字がもたらす不気味さは、目に見える形ではないものの、確かに存在しているのです。これから展開される短編では、忌み数にまつわる不気味な出来事が、静かな和風の舞台で繰り広げられます。
怪談
那須の小さな旅館、月見亭。薄暗い廊下を進むと、古びた板張りの床が微かに軋む音を立てる。宿泊客の声も聞こえない静寂の中、ただ月の光が窓から差し込み、白い光の筋を作っていた。
廊下の奥に一枚の札が掲げられている。「忌み数の部屋」と書かれたそれは、四と九の数字を明記している。誰もが忌避する部屋。だが、好奇心に負けた新参の旅人、佐藤はその扉に手をかけた。
古い木のドアは、不気味な音を立てて開いた。薄暗い部屋の中には、誰もいないはずのはずなのに、冷たい風が吹き抜けていく。目の前の障子には、かすかに涙の跡があるように見えた。佐藤は、何かが彼の視線を感じ取っているような気がした。
時間が過ぎるにつれ、彼の周りで奇妙な物音が響き始めた。耳を澄ませば、どこからともなく「死」と「苦」の囁きが聞こえてくる。恐怖心と好奇心が交錯する中、彼はその場を離れたくても離れられない。どんどんと空気が重くなり、体が思うように動かない。
瞬間、背後で扉が閉まり、彼は身動きが取れなくなった。心臓が早鐘のように高鳴る。どこからともなく、冷たい手が肩に触れ、何かが彼を見つめている。振り向くこともできない。ただ、「助けて」という声が頭の中で反響する。
目の前に現れたのは、見知らぬ少女の佇まいだった。透き通るような白い肌、いつも泣いているような目。彼女は何も言わず、ただこちらを見つめていた。そして、彼女の口元から零れ落ちた言葉。「私も、ここに閉じ込められているの…」
時間が経つにつれ、廊下の音はさらに大きくなり、まるで多くの人々が彼の周りにいるかのようだった。何かが彼を取り巻き、彼を包み込む。まるで、忌み数の札が揺れているような錯覚に陥る。
やがて、視界がぼやけ、何も見えなくなる。視覚を奪われた彼は、ただ心の中でその場から逃げ出したいと強く願った。すると、いつの間にか、彼は元の廊下に戻っていた。気が付けば、旅館の名簿には、彼の名前が書かれていた。しかし、彼はすでに旅館の一部となってしまったのだ。
月明かりが再び薄れ、廊下は静寂に包まれた。そして、最後に耳に残るのは、ふとした瞬間に聞こえた少女の囁き。「あなたも、ここに閉じ込められてしまうの…」その言葉が、どこか遠くに響いて消えていくのだった。